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と思ったら長くなってしまったので、最終回は次回でお願いします。 前回、「問題は“私だけ損した感”という通奏低音」と書きました。 毎年行われる役員選びってものは、言ってしまえばだれもが引きたくない〈はずれくじ〉の押し付け合いですよね。 これが毎年行われるってことにものすごく 不毛感 を感じているのは私だけではないと思う。 入学式の日なんか、「保護者が全員集合するのはこのときしかない!この機を逃したら地球滅亡」とばかりに、式の後に体育館に親達全員居残りさせられて役員が決まるまで帰れない。それなりにセレモニー用の服に身を包んだ母親たちが暗ーい表情で車座になっている。先に決まったクラスはなんとなく他のクラスに「勝った!」とばかりに意気揚々と子どものもとへおもむく。そのとき男親は、同じ場にいてもたいてい他人事のような顔をしています(私の主観)。 (PTA役員は母親がやることになっている。いまでこそ保護者会という名がついているがかつては「父兄会」という母抜きの名称だったにも関わらず実態は母親の会である。地域によっては「母の会」という名称の場合もある。「父兄会」もむかつくが、「母の会」も気持ち悪い。語弊があったらごめんなさい。いやいや完全に語弊がありますね。でもやっぱり気持ち悪い。自分でもどうしてかわからないけれど「母の会」という名称が戦時中のような手触りがあって居心地悪く感じられるのです。) 幼稚園や保育園に始まる役員選びとの付き合いは高校を卒業するまでついてまわります。(高校にもあるんですよ。電車に乗って保護者会行くんですよ。) まだ経験がないからわからないが・・・まさか、専門学校や大学にも? ・・・まさか、就職してまでPTA役員がある?!まさかね…ブラックなショートショートみたいだけど、昨今ならありかねない気もします) で、子どもが1名の場合でも 幼・保 3年 +小学校 6年 +中学校 3年 +高校 3年 =15年間 このように平均して15年ものあいだ、毎年役員決めのストレスがあるんですね。これが複数の子どもがいると、うちの場合だと上の子が入園してから下の子が高校卒業するまでで、なんと20年近くも役員決めとお付き合いが続くってことになりました!(今、計算しててクラクラした) ほんの一時のことなら我慢で乗り切るのもいいけれど、こんなに続くのにだれも「もうやめようよ、こんなこと!」と声を上げないってどういうことだろう? まるで梅雨のように必ずやってくる毎年恒例のプチストレス(プチでもない?)をなくすにはどうしたらよいでしょうか。PTA会長になってばっさばっさと保護者会改革をするのが話が早い。ただ、その恩恵は自分では受けることはできません。改革がうまく行ったとしても、その頃には子どもは進学していてまた、別のフィールドで同じことの繰り返しになります。それに長く続いたものを自分の順番で変えるって勇気がいりますよね。どうしてもそれをやらないと「会社が倒産する」とかののっぴきならない事情があるならまだしも、放っておいてもこれといって実生活に支障ありませんから。 PTA会長になってばっさばっさとシステム改革をするのが本人にとって無駄と言い切ることはできません。ラジオDJの山本シュウさんは自らのPTA会長体験をテーマに著作にしたり講演会してビジネスにしちゃってますからね。 そして心に芽生えます。 PTAって必要なの? 真っ向から挑んだらヤバそうな壮大な疑問が。 それについては・・・ プロの方々が書いたこれらの記事をご参照ください! ↓ リンクって便利ね〜 ・・・ 私、保護者会はあっていいと思うのです。 おっとだいぶ長くなってしまった。 次回こそ最終回!
by mitakapurin
| 2016-06-30 18:04
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