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少女漫画テイストです。 *** 姉の歩美(高2)が訳知り顔でそう言った。 「ねえ、わかる? 絶対よ、絶対うまくいかないの」 3つ離れた姉の言う格言めいた言葉は これまでたいてい鵜呑みにしてきたが 今回はどうだろう。 「でもお父さんとお母さんの恋がうまく行ったから 結婚して私たちが生まれたんじゃないの?」 「違う。それは契約がうまく行っただけであって 恋とは関係ないのよ」 よくわからないけど、 確かに恋がそう簡単にはうまく行きそうもないことは まわりの友達や自分の数少ない経験から少しだけわかる。 みどりは日記の最終ページ〈歩美ちゃんの名言〉のコーナーに 「恋はうまくいかない」を書き加えた。 *** 新学期の校舎は 大きすぎる制服を来た生徒達が吹き込む青っぽい匂いでむせ返るようだ。 去年まではだぶついていた肩のあたりがぴったりになったことで みどりも中学校に入って1年が経ったことを思った。 すべての授業が終わってみどりが向かった先は生徒会室だ。 ドアを開けると長机とパイプ椅子が並んでいる。 パイプ椅子のほとんどは座面のどこかしら破けている。 一番奥にあるたった1台のキャスター付きチェアは生徒会長用だ。 いくらこすってももう真っ白にはならないホワイトボード。 首が回る時にガクガク言う扇風機。 スチール棚には過去の生徒会議事録ノートがずらりと並んでいる。 扉付きのロッカーの内側には歴代生徒会長の写真が並んでいる。 何代か前の生徒会役員がふざけて始めたもので 画用紙で作った額に会長のスナップ写真が貼ってある。 もちろん校長室ほど立派ではない。 みどりは生徒会の書記をやっている。 学校の部活をやっていないため、 ついついほかの役員の仕事まで押し付けられがちだ。 だけどじつはそのことに感謝している。 半分開いていたドアを背中で押し開けながら肩幅のある男子生徒が入って来た。 両手に紙の束を重そうに抱えている。 「桜井くん、もう印刷して来たの?」 みどりは少年が紙の束を机に置くのを手伝いながら話しかけた。 「そう。放課後になると印刷室混むからさっさとコピーして来た」 「ありがとう」 「さっさと終わらせちゃおうぜ」 こんな短い時間に2回も〈さっさと〉を使うほど早くこの時間を終えたいのか、と 桜井のセリフのひとつひとつがみどりのハートにぐさっと来た。 新入生向けの部活及び委員会の説明用冊子を作るのである。 二人は印刷された紙を手際よくページごとに並べていった。 並べた後は二人とも座って折る作業だ。 開いた窓から花粉入りの風が吹いて来る。 「塩素のせいで」茶色くなった桜井の柔らかい髪がなびいた。 校庭の様子が見える。 陸上部の女子が走っている。 「俺たちって損だよな。 学校の部活やってないからって いつもこういう雑用まかされるんだから」 「私たちだってけっこう忙しいのにね」 〈俺たち〉の連帯感を〈私たち〉でさらに強調してみた。 みどりは学外の体操クラブで機械体操を、 桜井は地元の水泳クラブで競泳を続けている。 いずれも学校には部がないのだ。 桜井の目線は紙と窓をさりげなく往復する。 みどりの目線は紙と桜井の横顔と手元を行ったり来たりする。 「泳ぎすぎて水かきができちゃった」と言って見せてくれた手。 女の子が大きな声でなにか言っているのが聞こえて来た。 二人とも窓の方を見る。 気持ちよく伸びた脚を惜しげなくさらした女子生徒が 陸上部担当の女性教師にくってかかっている。 物怖じしないのと足が早いので有名な女子生徒だった。 少しでも〈さっさと〉終わらせたい作業を中断してでも 桜井は窓の外を注視した。 「あーあ、榊原、またやってるよ」 「榊原さんのこと知ってるの?」 「1年のとき同じクラスだったから」 そんなことは知ってた。 「あいつって担任とか顧問とか先輩とか 偉そうなやつにすぐケンカ売るから・・・ いつか部活クビになるよ」 「でもめちゃめちゃ足速いでしょ」 「まあね」 自分のことのように自慢げ。 恋する女の子は誰よりも名探偵だ。 恋しい人に対しての観察力があまりにも鋭いので ときに知りたくないことまで知ってしまう。 榊原さんのことは大嫌いだけど やはり観察してしまう。 陸上部のいちばんかっこいい先輩とお付き合いしているようだが、 桜井くんは知っているだろうか。 教えてやりたいという加虐的な感情が高まる。 「じゃ、高木さんに残りの紙折ってもらって、俺ホチキスの方始めるわ」 「あ、うん。そうだね」 〈榊原〉と〈高木さん〉にまた傷つく。 あらかた折り終わった紙を重ねてホチキスでまとめる。 静かな部屋に部活のざわめきと風のそよぎ、ホチキスの音だけが響く。 「あのさあ桜井君」 「なに」 「榊原さんて」 「うん」 「・・・」 「榊原がどうかしたの」 「・・・ほんとはいい子だよね」 「・・・うん」 こんなこと言うつもりではなかったのに。 恋はいつだってうまくいかないな。 やはり半分開いていたドアを押して男子生徒が入って来た。 岡田という男子だ。 生徒会役員ではないが、桜井の仲のいい友達なので よく生徒会室に出入りしている。 「おお、岡ちゃん来てくれたか。助かるよー」 「柳屋の苺大福よろしくな」 「わかったわかった」 せっかくの二人きりの時間なのに、とみどりは残念に思う。 岡田はさりげなくみどりの隣に座って作業を始めた。 少女探偵は往々にして 自分が捜査している事件現場のことしか見えていない。 ディテクティブみどりは気づいていない。 岡田がたいして面白くもない雑用を手伝ったり 生徒会室にやたら出入りするにはほかの理由があるのだと。 恋はいつだってうまく行かない。 恋はいつだって一方通行。 不意に強く春風が吹いて 折って重ねた紙を散らした。 おしまい
by mitakapurin
| 2014-09-29 20:10
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